有報「確認書」厳格化は会計不正を止められるか

 2026年8月30日付の日本経済新聞において、金融庁が上場企業の経営者に対し、有価証券報告書の作成および開示手続きが社内で適切に機能していることを自ら確認・宣言するよう義務付ける方針を固めたという記事が掲載されました。記事によれば、金融庁は2027年春にも内閣府令を改正し、有報と同時に提出する「確認書」の記載内容を厳格化する予定です。具体的には、正確な有報を開示する社内手続きの整備状況や、チェック体制が実際に機能しているかを経営陣が自ら点検した旨を明記させる内容となっています。虚偽記載に対する直接的な罰則は設けられないものの、責任の所在を明確化することで株主代表訴訟などの法的リスクを高め、相次ぐ企業の会計不正を抑止する狙いがあると報じられています。

 しかし、この報道に接して、このTOFFチームのブログを執筆している私(川野克典)は書類上の宣言を厳格化することの実効性に強い疑問を抱かざるを得ませんでした。確認書制度や内部統制報告制度は、かつての粉飾決算事件を背景に2008年に導入されましたが、これまでも記載内容が形式的で形骸化しているとの指摘が絶えませんでした。近年においても著名な上場企業で会計不正の発覚が後を絶たない現実は、形式的な開示書類の拡充や署名義務の追加だけでは、根本的な抑止力として限界があることを物語っています。

 経営者が不正に走ってしまう根底には、企業価値の増大や短期的な業績目標の達成を迫られる極めて強烈なプレッシャーが存在します。目標未達への恐怖や地位への執着といった心理的圧迫が重なったとき、プレッシャーから逃れようとして魔が差し、不正の道を選択してしまうのです。当事者である経営者自身が心理的に追い詰められている構造を放置したまま、確認書に「体制を自ら点検した」と宣言させたとしても、それだけで不正が劇的に減少するとは到底思えません。

 真に会計不正を防ぐために不可欠なのは、経営者の主観的な宣言に過度に依存するのではなく、IIA(内部監査人協会)が提唱する「スリーラインモデル(3 Lines Model)」に基づく組織的な相互牽制の徹底です。内部統制の実効性は、経営者が全社的な基本方針を決定・監督する一方で、日々の業務執行を担う第1線、リスク管理やコンプライアンス支援・監視を行う第2線、そして経営者から独立して客観的な評価を行う第3線の内部監査が、互いに明確な役割分担のもとで健全に牽制し合う構造によってこそ担保されます。

 経営者による不正の多くは、トップダウンの権力によってこれらの牽制機能を無力化したり、現場や管理部門に対して、過度な圧力をかけたりすることから発生します。従って、いま真に求められている対応は、経営者に書類上の責任を誓わせることにとどまらず、第2線や第3線が経営者の意向や忖度に左右されず独立して機能できる権限と環境を組織として確立することだと考えます。

 確認書の記載項目を増やし、事後的な訴訟リスクをちらつかせるだけのアプローチは、現場に新たな事務負担を生む一方で、本質的な抑止力を持たない形式主義に陥る危険性を孕んでいます。企業が真に向き合うべきは、経営者が抱えるプレッシャーの構造を直視し、魔が差す余地を排除するスリーラインモデルの実効性確保です。今回の制度改正の議論を単なる書類の書き換えに終わらせず、自社のガバナンス体制と牽制機能を根本から見直す契機にすることこそが求められています。