債権者保護を目的とした財産計算思考に基づく静態論会計から、損益計算を目的とした動態論会計への転換を推し進めたのが、1919年に『動的貸借対照表論』を著したシュマーレンバッハと、1940年に『会社会計基準序説』を著したペイトンおよびリトルトンである。シュマーレンバッハは、財産計算を目的として作成される貸借対照表を静的貸借対照表と呼び、損益計算を主目的として作成される貸借対照表を動的貸借対照表と定義した。
近年、日本の会計基準と異なり資産負債アプローチを採用する国際会計基準の普及によって、貸借対照表へ再び注目が集まるようになった。しかし、資産負債アプローチと収益費用アプローチの対立は、静態論と動態論の対立とは異なり、資本取引以外の純資産の増加額を利益とするか、あるいは収益と費用の差額を利益とするかという利益観の違いを示したものである。なお、会計には財産法や損益法という考え方もあるが、これらは利益の計算方法であり、資産負債アプローチや収益費用アプローチよりも限定された概念である。国際会計基準が採用する資産負債アプローチは、資産、負債、純資産の評価額が反映される貸借対照表(正確には財政状態計算書)を重視する立場を採る。これに対して日本の会計基準は主として収益費用アプローチを採用し、経営活動の成果である利益が表示される損益計算書を重視してきた。その結果、日本企業は損益計算書を傾注し、売上原価を正確に計算するための原価計算を強く重視するようになった。
筆者(川野)が2020年度に実施した連結決算ベースでの予算実績管理に関する調査では、連結損益計算書と連結貸借対照表の扱いに明らかな差が見られた。全社合計で連結損益計算書の予算実績管理を実施している企業は97.3%に達したのに対し、全社合計で連結貸借対照表の予算実績管理を行っている企業は21.8%にとどまった。さらに事業別で見ると、連結損益計算書の予算実績管理を行う企業は37.3%であったのに対し、事業別の貸借対照表の予算実績管理を行う企業はわずか4.5%であった。この調査は予算実績対比を行っている財務諸表に関する質問であり、作成そのものの単位を問うたものではないため、予算は作成していなくとも実績の貸借対照表のみを作成している企業はあると想定される。そもそも複式簿記の原理からすれば、帳簿組織を利用する限り不完全であっても損益計算書と同時に貸借対照表は作成されているはずである。しかし、実際の経営管理において損益計算書による管理が著しく重視されている事実は、この調査結果からも明らかである。
筆者は過去から一貫して貸借対照表重視の管理会計を主張してきたが、この主張には、損益計算書よりも貸借対照表を優位に置くべきだという誤解も生じさせた。しかし筆者が真に主張しているのは、損益計算書偏重の姿勢から脱却し、損益計算書管理と貸借対照表管理のバランスを適切に保つことである。損益計算書をないがしろにするのではなく、貸借対照表も同様に重視した管理を行うべきだという意味である。
この貸借対照表の高度化に向けて、河田信は2019年にリアルタイム貸借対照表を提案している。リアルタイム貸借対照表は、いわゆる従来の日次決算とは異なり、モノの流れをリアルタイムにトラッキングするというIoT(Internet of Things)の本質を生かし、これをカネの流れに基づいて自動仕訳することで作成される。また、リアルタイム貸借対照表では、すべての資産負債項目を取得原価で評価した純粋貸借対照表という、財務会計では求められない独自の貸借対照表を作成する。
貸借対照表の質=(営業資産/総資産)+(流動負債/負債・純資産)
さらに河田は、営業資産を総資産で除した値と、流動負債を負債および純資産の合計で除した値を足し合わせることで、貸借対照表の質を算出する式を主張した。この算式では、値が小さいほど現場における流れ創りのオペレーションが進歩していることを意味する。すなわち貸借対照表の質を評価することは、流れ創りによるリードタイムの短縮効果を会計値で正確に捉え、企業や社会の短期利益偏重傾向を是正し、企業の収益力や生産性の向上に対する判断能力を高める効果が期待されている。
昨今、多くの企業がROIC(投下資本利益率)を経営目標として掲げている。しかし、事業部や工場といった社内の内部組織単位、あるいは事業単位で貸借対照表を作成し、その予算管理まで行っている企業は決して多くない。これでは真のROIC経営を行っているとは言えない。企業全体で経営目標を掲げても、その目標を細分化して内部組織の目標や従業員個人の目標にまで落とし込まなければ人は動かないからである。今後はICTを活用し、たとえ勘定科目別の残高を完全に有する精緻な貸借対照表の作成は困難であっても、項目を絞った簡便的な貸借対照表を企業内部の組織単位で作成し、業績評価に活用していくべきである。
実際の先進的な事例として、ある電子部品メーカーでは、連結、報告セグメント、Business Company(BC)、Business Group(BG)、Business Division(BD)、Cashflow Business Unit(CBU)、Strategic Business Unit(SBU)、機種コード、品番という極めて緻密な製品管理体系を構築している。この体系において、BDは減損判定の単位、CBUが貸借対照表作成の最小単位、そしてSBUが月次連結決算の最小単位であると同時に、勘定を絞った貸借対照表管理の最小単位となっており、細分化した単位での貸借対照表管理を現実に達成している。
さらに貸借対照表管理を発展させるアプローチとして、筆者は取得日別貸借対照表の作成を主張している。従来の貸借対照表は一定時点の財政状態を示す表であり、いわばスナップショット写真のようなものであるため、そこに至る動的な過程を見ることはできない。しかし、現金や有価証券などの現金同等物を除き、資産は流動資産であれ固定資産であれ、取得時から時の経過に伴って陳腐化するリスクを常に伴っている。財務会計においては、棚卸資産の収益性低下に伴う簿価の引き下げや、固定資産の減損会計が導入され、将来の損益に与える影響が貸借対照表にも反映されるようになった。しかし、それらの会計処理は将来のキャッシュ・フローに深刻な悪影響を与えるような非常事態に至ってしまった後の処理であり、管理会計や原価計算の役割としては、それらを未然に防止することこそが必要である。
そこで筆者は、取得日を基準として、貸借対照表の勘定科目別に年齢区分の内訳を記載する取得日別貸借対照表を提案している。これにより、貸借対照表に時間の概念を取り入れることが可能となる。有形固定資産の場合、減価償却が存在するため年齢を重ねるほど帳簿価額は安くなるのが一般的である。したがって、年齢を重ねた有形固定資産の帳簿価額が占める割合が大きいということは、新規の投資が適切に実施されていない可能性を示唆する。棚卸資産においても、IoTやICチップ、センサー、RFID(Radio Frequency Identification)の導入、さらには製造指図書別原価計算の実施により、棚卸資産の具体的な流れが詳細に把握できるようになっており、最終の入出庫日を基準にして年齢を特定することが可能である。棚卸資産の場合は多くが日齢による管理となるが、この日齢を把握すれば、長期滞留在庫の発見が容易になるだけでなく、製造リードタイム短縮の成果も明確に把握できるようになる。こうした損益計算書管理と貸借対照表管理の融合こそが、TOFFチームの目指すこれからの経営管理の姿である。
川野克典(2023)『管理会計・原価計算の変革―競争力を強化する経理・財務部門の役割』中央経済社、pp.223-228。
河田信(2019)「流れ創り/日本企業のものづくり再興に向けて」『ものづくり生産革命 新たなマネジメント手法の考え方・使い方』中央経済社、pp.167-189。
河田信(2019)「『貸借対照表の質』がものづくりを変える」『ものづくり生産革命 新たなマネジメント手法の考え方・使い方』中央経済社、pp.63-83。
Shohri Strategy & Consulting TOFF 