リアルタイム原価計算は必要か

 近年のITおよびERP(企業資源計画)パッケージソフトウェアの発展は、管理会計・原価計算の実務に劇的な変化をもたらしている。かつては月次決算を待たなければ把握できなかった原価情報が、現在では「リアルタイム」に算出可能な環境が整いつつある。技術的な観点から見れば、直接原価計算における変動費の部分原価計算、あるいは標準原価計算と指図書別原価計算を併用した原価計算、BOM(部品表)に基づき、最新の仕入価格や歩留率、前月の賃率・経費率を参照することにより、1個当たりの原価実際をその都度見積もる「単位原価計算」等の手法で、リアルタイム原価計算は実現可能である。しかし、ここで我々が厳しく問わねばならないのは、技術的な可能性ではなく、経営管理における「目的」そのものである。原価計算の高速化という手段が先行し、その活用方法を後から模索するような順序の逆転は、投資の失敗を招く原因となる。

 ロバート・S・キャプランらは、当時の管理会計システムが企業の製造実態や戦略的ニーズから乖離し、単なる財務報告の奴隷と化している状況を鋭く批判し、「今日必要とされているのは、現在の製造技術、製品、組織構造、および競争戦略と調和した、新しい管理会計システムを創造することである」と警鐘を鳴らした。

 この指摘は、現代のリアルタイム原価計算を巡る議論にも完全に合致する。原価計算システムは、それ自体が独立した目的ではなく、企業の競争戦略や経営管理サイクルと「調和」していなければならない。リアルタイム原価計算という強力な手段を目の前にしたとき、企業はまず「何を目的として、どの手法を採用すべきか」を確定させる必要がある。目的が明確化されて初めて、変動費の部分原価計算や、標準と指図書別の併用、あるいはBOMベースの即時的な単位原価見積もりといった多様なアプローチから最適解が導き出されるのであり、システム機能という「手段が目的を制すること」は決してあってはならない。

 さらに、リアルタイム情報の提供が真に企業価値を生むかという「経済的合理性」の視点も不可欠である。高額なシステム開発や導入資金を投じる以上、その活用によって投資が確実に回収できるという確信がなければ、それは「宝の持ち腐れ」や「猫に小判」の類に帰す。
 ここで重要となるのが、企業全体の経営管理サイクルの速度である。もし企業のPDCAサイクルや意思決定の仕組みが月次ベースで回っているならば、原価計算だけをリアルタイム化したところで、現場の改善活動や経営判断には結びつかない。生産、営業、経営企画といった全社的な管理サイクルが高速化する過程において、原価計算の遅れがボトルネックとなっている場合に限り、その速度に合わせる形で原価計算も高速化されるべきなのである。

 ITを活用したリアルタイム原価計算システムは、技術的には十分に可能な時代となっている。しかし、システムを導入しただけで企業が自動的に変革されるわけではない。経営において求められるのは、単に「あったら良いな」という先進的な機能の追随ではなく、自社の経営管理上「なくてはならない」目的を冷徹に見極める目である。「リアルタイム」という言葉の響きに踊らされることなく、目的を起点として手段を選択する規律こそが、真の管理会計・原価計算の変革を成功へと導くのである。

H. Thomas Johnson and Robert S. Kaplan, Relevance Lost: The Rise and Fall of Management Accounting, Harvard Business School Press, 1987.(H. T. ジョンソン、R. S. キャプラン著、鳥居宏史訳『レレバンス・ロスト—管理会計の盛衰—』白桃書房、1992年、第11章参照。)