経理DXがうまく進んでいない根本的原因

 日本企業の経理・財務部門における経理DXは、喫緊の課題でありながら、その進捗は遅々として進まない状況にあります。この現状は、単なる技術導入の遅れに留まらず、複雑な要因が絡み合う構造的な問題として捉える必要があります。その主要な阻害要因は、多岐にわたる会計基準の頻繁な変更と、それに伴う業務負荷の増大、そして経理・財務部門の旧来的な役割認識にあります。

頻繁な会計基準の変更と増大する業務負荷
 日本企業の経理・財務部門がDXに踏み出せない最大の要因の一つは、次から次へと迫りくる会計基準の変更とその対応に追われているためです。直近では、「リースに関する会計基準」および「リースに関する会計基準の適用指針」(いわゆる「新リース会計基準」)の公表がその典型例として挙げられます。リース取引の開示方法や会計処理の変更に対応するため、各企業の経理・財務部門は、膨大な時間とリソースを割かざるを得ない状況にあります。
 さらに、金融庁は有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示を義務付け、また株主総会前の有価証券報告書開示を強く求める等、報告に係る業務負荷は広義において増大の一途を辿っています。
 このような開示の強化は、経理・財務部門が新たな取り組み、特にDXのような中長期的な投資を伴うプロジェクトに着手する余地を奪っているのです。つまり、経理・財務部門は、日々の業務と、新たな基準への対応という喫緊の課題に追われてしまい、未来に向けた変革を推進する余裕が失われてしまっています。

経理・財務部門の旧来的な役割認識からの脱却
 経理・財務部門自身が抱える旧来的な役割認識も、DXの阻害要因となっています。多くの日本企業において、経理・財務部門は「コストセンター」として捉えられ、その役割は「正確な財務的情報の作成」と会社法や税法等の「法令遵守」に終始していると言っても過言ではありません。これは、経理・財務部門が、過去の取引の記録・集計という後方業務に特化し、未来の戦略策定や意思決定に積極的に関与する「プロフィット貢献センター」としての役割を十分に果たせていないことを意味します。
 このような役割認識は、経理・財務部門のDXを単なる業務効率化、すなわちRPAによる仕訳入力の自動化やペーパーレス化といった部分的な改善に留めてしまうのです。しかし、真のDXは、ICTを用いて、ビジネスモデルや業務プロセスそのものを変革し、新たな価値を創造することです。経理・財務部門が、その役割を「単なる数字の集計屋」から「経営参謀」へと進歩させるためには、この旧来的な役割認識から脱却する必要があります。
 具体的には、財務的データだけでなく、非財務的データも統合的に分析し、事業の健全性や成長性を多角的に評価する能力が求められます。たとえば、売上高データと顧客満足度データを連携させ、収益性の高い顧客セグメントを特定したり、コストデータとサプライチェーンデータを組み合わせ、無駄な物流コストを削減する提案を行ったりする等、経営の意思決定に直接貢献する役割を担うべきなのです。

日本企業の経理・財務部門が目指すべきビジョンと変革の道筋
 これらの課題を乗り越え、日本企業が真の競争力を獲得するためには、経理・財務部門のミッション、ビジョン、バリューを根本的に再定義する必要があります。
 日本企業の経理・財務部門が直面する課題は、決して簡単なものではありません。しかし、頻繁な会計基準の変更や業務負荷の増加を「言い訳」とせず、これを「変革の契機」と捉えることが重要です。経理・財務部門が、その役割を再定義し、ICTを戦略的に活用することで、経理DXを加速させ、経理・財務部門を変革することができます。
経理DXは、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。しかし、小さな成功を積み重ねながら、着実に前に進むことで、日本企業の経理・財務部門は、グローバルな競争環境の中で、その存在価値を一層高めることができるでしょう。経理・財務部門の変革の大きな流れは、すでに始まっています。乗り遅れるわけにはいきません。

引用文献・参考文献
川野克典(2025)「経理部門変革を阻む問題点と目指すべき方向性‐『ゼロ化』で始める戦略経理」『企業会計』2025年8月号(Vol.77 No.8)、中央経済社、14-22頁。