データドリブン経営とは、経営者の経験や勘といった属人的な判断に依存することなく、売上高データ、顧客データ、市場データといった客観的なデータに基づいて意思決定を行う経営手法のことです。野村総合研究所の栗原ら(2024)は、これを「意思決定のDX」と定義し、企業内の意思決定をデータに基づき実施することで、意思決定の質とスピードを高める取り組みであると説明しています。
データドリブン経営の導入により、経営の不確実性を低減し、より迅速かつ科学的な意思決定が可能となります。現代はVUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)の時代と呼ばれ、不確実性が高く将来の予想が困難な環境にあります。急速に変化する市場環境において、迅速な変化対応力が求められており、状況を正確に把握し、精度高く迅速に意思決定を行う必要性が一層高まっているのです。
データドリブン経営においては、データを収集し、経営者がいつでもデータを確認できる状態にする、いわゆる「見える化」(あるいは「視える化」、「可視化」)が不可欠です。可視化されたデータは、現場の業務に紐づく短サイクルの意思決定から、中長期的な視点での企業の舵取りを行う経営層の意思決定まで、様々な階層での判断材料となります。
さらに、デジタルツールの発展により、BI(Business Intelligence)ツールやETL(Extract, Transform, Load)ツールといったノーコード環境が整備され、データの可視化と分析の民主化が進んでいます。これにより、専門のデータエンジニアやデータサイエンティストでなくても大規模データを扱うことが可能となり、データドリブン経営の実現性が高まっています。
一方で、時には「見せる化」も必要となります。経営者も人間である以上、不都合なデータから目を背ける傾向があるためです。しかし、適切な意思決定を行うためには、不都合なデータに対しても立ち向かってもらう必要があり、データを積極的に提示することが求められます。企業を動かすのは最終的にはヒトであって、システムではありません。したがって、データの「見せる化」は、単にデータを提示するだけでなく、意思決定者がそのデータに向き合い、適切なアクションを取る環境を整備することを意味します。
データの「見える化」「見せる化」に有効なツールとして、CPM(Corporate Performance Management)またはEPM(Enterprise Performance Management)が挙げられます。私たちは、CPMには、主に以下の二つの意味があると考えています。
Corporate Performance Management(全社的業績管理): これは、KPI(Key Performance Indicator)によるアウトプット業績評価指標(結果指標)とプロセス業績評価指標(先行指標)に対する目標値と実績値を対比して、問題点を明らかにするアプローチです。従来のCPMは、主にこちらに焦点が当てられてきました。前者のCPM/EPMツールとしてはCCH TagetikやAnaplan等が、またBIツールとしてはTableau等が販売されています。
Corporate Process Management(全社的業務プロセス管理): これは、業務プロセスを管理するアプローチであり、業務を業務フローとして「見える化」し、ボトルネックを明らかにするアプローチです。(下記注参照)

しかし、アウトプット業績評価指標やプロセス業績評価指標の管理では、問題点は明らかになっても、その改善方法は明示されません。これは健康診断で異常値が分かっても、それだけでは治療ができないのと同様です。企業は、経営戦略を業務を通じて実践しており、その業務の状況を可視化・分析しなければ、業務を変革し、競争優位性を確立することはできません。KPIによる業績管理は診断機能を提供しますが、具体的な改善策を提供するためには、業務プロセスそのものの可視化と分析が不可欠なのです。
この課題に対する解決策を提示しているのが、プロセスマイニングの研究領域です。van der Aalst(2012)は、プロセスマイニングを、イベントデータを使用してプロセスを発見、監視、改善する技術として定義しています。従来のBPM(Businsess Process Management)が人の意見に基づき、手作業で作成されたモデルであるのに対し、プロセスマイニングでは観察された行動をイベントデータとして記録し、データに基づくBPMを可能にすると主張しています。また、単なるデータ中心の古典的なデータマイニング技術とは異なり、プロセスマイニングはデータを統合化したプロセス中心の技術です。
プロセスデザイン、プロセスマイニング、シミュレーション機能等を搭載したiGrafxのようなツールは、業務フローを可視化し、業務フロー上の問題点(ボトルネック)を特定化するだけでなく、業務改善のシミュレーション、結果測定も可能です。このようなツールは、改善案をシミュレーションすることで、実装前に効果を予測し、リスクを低減することができます。van der Aalst(2012)は、プロセスマイニングツールが、イベントログのタイムスタンプを使用してボトルネックを特定し、リソース情報を使用して役割を発見し、ケースデータを使用して意思決定ポイントを分析できることを示しており、これらの機能はKPI管理だけでは得られない、業務プロセスレベルでの具体的な改善機会を提供するものです。
著者らが目指すCPMとは、KPI管理と業務フロー管理を一体化した「見える化」です。この「見える化」により、経営者がデータに基づき意思決定を行うのみならず、管理者、担当者までが同じデータに基づいて継続的な改善を積み上げ、持続的イノベーションに結び付けることを目指しています。
経営層の意思決定は長期的で非定型、広範な影響範囲を持つ一方、管理者・担当者の意思決定は相対的に短期的、定型的で、限定的な影響範囲に止まるものの、直接的に成果に結びつきます。この二つの意思決定を統合的に支援するためには、KPI管理と業務プロセス管理の意思決定支援を一体化する仕組みを構築することが不可欠なのです。
IEEE Task Force on Process Miningによるプロセスマイニングマニフェスト(van der Aalst et al., 2012)では、プロセスマイニングを一度限りの活動として見るのではなく、継続的なプロセスとして位置づけることが推奨されています。これは、私たちが目指す、組織の全階層が同じデータに基づいて継続的な改善を積み上げるという理念と一致しています。データドリブン経営の実現には、単にツールを導入するだけでなく、組織文化の変革と、全員がデータに基づいて意思決定し、行動する環境の整備が必要なのです。
注)私たちは、Corporate Process Managementと呼んでいるが、iGrafxを取り扱うBiXiコンサルティングは、業務の流れをモデル化して課題を抽出・分析し、解決のための新しい業務プロセスを創出してPDCAサイクルを回し、継続的な業務改善を行う経営手法のことをBPM(Business Process Management)と呼んでいる。
引用文献
栗原一馬・豊田英正・松原輝王(2024)「組織を動かすデータドリブン経営の実現」、『知的資産創造』2024年9月号、pp.24-41。
BiXiコンサルティング(2025)「業務改革をクラウドで実現 世界各国で利用されている業務改革の支援ツールiGrafxをBiXiが国内初のクラウドサービス化」、https://www.bixic.com/bixi_daia、2025年10月23日閲覧。
van der Aalst, W. et al. (2012). “Process Mining Manifesto,” in Business Process Management Workshops, BPM 2011, Lecture Notes in Business Information Processing,Vol. 99, Springer, Berlin, Heidelberg, pp.169-194.
van der Aalst, W. M. P. (2012). “Process Mining: Overview and Opportunities,” ACM Transactions on Management Information Systems, Vol. 3, No. 2, Article 7, pp.1-17.
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