情報システム導入に失敗する企業が増えている
DX( Degital Transformation )が叫ばれ、その一環として、ERP パッケージソフトウェア等の導入、バージョンアップを進める企業が少なくありません。
しかし、新聞、雑誌、インターネットの記事によると、導入延期、導入費用の大幅増加、稼動開始後のトラブル等の問題が発生した企業が相次いでいます。グリコがSAP S/4 HANA へのバージョンアップに失敗し、小売店からプッチンプリンが消えた時期もありました。中には、導入延期、導入費用の大幅増加、稼動開始後のトラブルにより、企業と導入委託先との間で訴訟に発展しているケースもあるようです。
報道では、既製服であるERPに業務を合わせられなかったこと、CIO(Chief Information Officer)が不在であったことが原因であるとされています。本当にそうでしょうか。
筆者の取り組んだプロジェクト
かなり前の話になって恐縮ですが、筆者もSAP R /3 のビッグバン(全モジュール一斉導入)プロジェクトの責任者(In charge partner)を務めたことがあります。当時としては、他社と比較して、最も多くのモジュールを一斉導入する、正に全社の情報システム刷新の全面的刷新プロジェクトでした。
このプロジェクトは、結果として、1年半の稼動延期としました。「なりました」ではなく、「しました」と記述している点に注目して欲しいと思います。当該企業では、事業の特性上、プロジェクトに失敗すると、倒産に至ることも想定されました。そこで、事前に稼動開始するための条件を明確にして、条件を全て満たさない限り、稼動開始しないこととしていました。
SAP のパッケージソフトウェアを導入した経験のある方は同意頂けると思いますが、SAP のパッケージソフトウェアは、マスターコードが多く、稼動にはマスターコードの完璧な整備が必須です。筆者を含むプロジェクト管理チーム(PMO)は、マスターコードの整備を重点管理項目として、その作業進捗を管理していましたが、徐々に遅延が生じ、様々な対策を講じて来ました。しかし、遅延を挽回するには至らず、稼動判定の期限が近づいて、決断が求められたのです。ギリギリまで追い込んで作業すれば、マスターコードの整備の遅延を挽回できると主張するプロジェクトメンバーも少なくありませんでした。
筆者の判断は、稼動延期でした。稼働延期の提案書を書き、プロジェクトメンバーの説得を開始しました。責任を問う声もあり、筆者らは非常に厳しい状況に置かれたのです。一部のメンバーは、企業変革が目的ではなく、稼動開始することが目的となっていました。
しかし、失敗したら、企業が倒産に至る可能性もあるのです。「特攻隊」で稼動開始に踏み切ることはできないと判断して、筆者は社長に稼動延期を直訴しました。説明、議論した結果、社長の判断は、稼動延期でした。結局、マスターコードを整備して、稼動するまでには1年半を要したのです。当然、導入コストは増加しましたが、1年半後には、嘘のように何事もなく稼動を開始することができました。この時のクライアントのプロジェクトメンバーとは今も懇意にさせて頂いており、同窓会も開催するほどです。
紹介した事例は、稼働延期に至った点から、成功例ではありませんが、失敗例ではないと認識しています。稼動延期の判断を含めて、プロジェクト管理チームの管理下にあり、プロジェクトの意志として、延期して、最終的になんらの問題なく稼動したからです。
重量級のプロジェクトリーダーと徹底したプロジェクト管理
筆者に言わせると、プロジェクトの成否は、重量級のプロジェクトリーダーの存在と、徹底したプロジェクト管理、特にリスク管理に依存します。情報システムに限らず、企業変革を進める際には、クライアント側、委託企業側の両方に重量級のプロジェクトリーダーを配置することが必須です。これらの重量級リーダーの給料、報酬は高いですが、失敗した時の損失に比べると少額です。優秀な人の配置が重要なのです。
プロジェクト管理の代表的な手法として、皆さんご存じのPMBOKがあります。PMBOKは、Project Management Body of Knowledgeの略で、「ピンボック」と読みます。また、日本発のプロジェクトマネジメントの体系として、筆者も少しだけ関わらせて頂いたP2M(Project & Program Management)があります。P2Mは、日本企業の特性や文化的背景を考慮して開発され、価値創造プロジェクトの創出から実行、成果へと至る一連の流れを管理します。
プロジェクト管理において留意すべきこと
最後に、筆者がプロジェクト管理において、留意している点を記述しておきます。
①プロジェクト方針、ビジョンの明確化
②明確な目標設定
③特定使命の達成に至るための詳細なタスクの抽出
④経営資源の適正配分・詳細スケジュールの作成・進捗管理(PDCAサイクルの実践)
⑤感情を除外した適正なチーム作り(リーダー選任、チームワーク、役割定義、外部専門家の活用等)
⑥客観的・公平的な意思決定、判断
⑦プロジェクトリーダーの前向きな姿勢と成果に対する貪欲さ
⑧組織内外との調整へのこだわり(コミュニケーション・ネゴシエーション)
⑨適時の報・連・相(報告・連絡・相談、プロジェクトオーナーへの報告含む)
⑩徹底的な文書化、承認印